154. 姿の中の旅人めいたもの

■例文 トーマスマン 「ヴェニスに死す」
 その見知らぬ男の姿の中の旅人めいたものが、彼の想像力にはたらきかけたのか、それともほかに、何か肉体的なまたは精神的な影響が、そこにかかわっていたのか、どっちにしても、彼は自分の内心がふしぎに広まってゆくのを、全く思いがけなく意識した
 その見知らぬ男の旅人風の風采が、彼の想像力にはたらきかけたのか、それともほかに、何か肉体的なまたは精神的な影響が、そこにかかわっていたのか、どっちにしても、彼は自分の内心がふしぎに広まってゆくのを、全く思いがけなく意識した

◇ロシア帽をかぶる美少年
■違い
 「その男の姿の中の旅人めいたもの」のほうが、単に男の身なりからそう思ったのではなくて、もっと内側から漂ってくるものからそう思った、という感じがある。
 これを使って、ぼくも何か書いてみる。「その女子の話し方の中の母親めいたものが、ぼくの想像力にはたらきかけたのか、自分の内心がふしぎに広まっていくのを思いがけなく意識した。それは一種のここちよい安心であり、遠い昔に離れた感情であったので、ぼくは両手を背に、視線を落としてから、この感じの本体と目標を吟味しようとして、縛られたように立ち止まってしまった。それは望郷願望であった」。
 「ヴェニスに死す」のP11からP12にかけての文章が神がかっているので、その全てを引用したい欲求が今ぼくをせめたてているけど、長すぎるので断念した。